【ドラゴンボール考察 気と戦闘力の関係】

<旧戦闘力概念での戦闘力の解釈>

「気の上昇=戦闘力の上昇」ではないと考える理由。
それは気をためても戦闘力は上がらない(気は強くなっても戦闘力は上がらない)からです。

ここで考えたいのが、旧戦闘力概念のケースです。
旧戦闘力概念では、気をためることが戦闘力の上昇につながります。

天津飯が気功砲を撃つ直前。

▽亀仙人
「体中の気を手に集中させたのじゃ・・・」

▽悟空
「す・・・すげえ気だ・・・!!」

ピッコロが最後の賭けの大技を放つ場面。

▽ピッコロ
「(な・・・なんてものすごい気だ・・・!こ・・・こんな超パワーな気ははじめてだ・・・!!)」

ここから、旧戦闘力概念の場合も、現戦闘力概念と同様に、気をためると気が強くなるものだと判断できます。
その上で、気をためる技術が、戦闘力のコントロールができる者だけの特徴とされているというのは、どういうことか。

これは旧戦闘力概念における戦闘力のコントロールが、自分の意思で気を強くすることができるという性質であることを意味します。

ラディッツは気をためる技術(気が強くなる動作)ができないから、かめはめ波のような強力必殺技が撃てません。

旧戦闘力概念では、気が強くなることと戦闘力上昇は直結します。
したがって「気=戦闘力」となります。

「気=戦闘力ではない」という見方が当てはまるのは、
「気が強くなっても戦闘力は上がらない」という性質の現戦闘力概念が対象となります。

地球来襲ベジータがかめはめ波と同技術のギャリック砲を撃った内容。
地球に来襲したベジータ&ナッパが、力を込めて気を強くしていた内容。
これは共に現戦闘力概念とセットでとらえられる内容だと考えられます。



■気と戦闘力の関係
※気をためる技術(気を集中する技術)が、気が強くなることにつながるという特徴は、旧戦闘力概念と現戦闘力概念の両方で共通する。

【旧戦闘力概念】
・気をためると戦闘力が上昇する。
・「気=戦闘力」 ※気が強くなることと戦闘力上昇は直結する。
・気をためるという技術が使われるのは、かめはめ波や魔貫光殺砲や気功砲や最後の賭けの大技(ピッコロがパパイヤ島全体を荒野に変えた技)など、強力必殺技を使う時だけ。
(かめはめ波や魔貫光殺砲のような気をためる必殺技を放てることが、戦闘力をコントロールできる者の特権という内容につながる)
・自分の意志で気を強くすることができるのが、戦闘力をコントロールできる者の特徴となる。
(ただしこれができるのは、戦闘力が上昇する強力必殺技を使用する時だけ)

【現戦闘力概念】
・気をためても戦闘力は上がらない。
・「気=戦闘力」ではない。 ※気が強くなることと戦闘力上昇は直結しない。
(地球に来襲したベジータ&ナッパやナメック星の第1フリーザが、戦闘力数値に変動がない中で気を強くしていた内容につながる)
(地球来襲ベジータのギャリック砲など、戦闘力のコントロールができない者でも、かめはめ波のような気をためる強力必殺技が使えるという内容につながる)
・気をためる(気を集中する)という技術が、肉弾戦の攻防時など、戦闘全般で幅広く活用される。

−その他詳細−
※サタンなど一般人は「気をためる」という技術が使えないため、力を込めても気が強くなることはない。
※旧戦闘力概念の中で描かれるラディッツも、気をためるという技術(気が強くなることにつながる技術)は使えないが、現実の人間がやるような力を込める動作は普通にできる。





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